JA Contest

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オールJA 6m&Down フィールドデ 全市全郡 東京
東京CW 埼玉 群馬 千葉 鹿児島
Japan inter JAG KANHAM オール九州

=オールJA CONTEST=

2021年 令和3年

10数年ぶりのall-ja。6や8の局がパイルを受ける中で、静かに耐えてCALLを待つ。
2005年 平成17年

7Mhzは今も昔も、雑音や混信の中でのQSO。今や日本もKw局が普及し、弱小局の抵抗力をためされる。
2002年 平成14年

2001年10月の全市全郡で、21Mhzも一応マスターしたので、このオールJAから14Mhzに転向した。
1996年 平成8年

オールJAは、県がマルチなのでアンテナ性能をより反映し、マルチがいつもきびしい。
1995年 平成7年

昨年のコンテストから、28Mhzに焦点を合わせ、注力し始めた。
1991年 平成3年

この頃は50Mhzや144Mhzで遠くの沢山の局とQSOするのをDXと平行し志向していた。

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=6m&Down CONTEST=

2018年 平成30年

今回は自宅から16年ぶりに入賞できた。エントリーはシルバーで50・144・430の電信電話。

当日夜はcwで150QSO。翌日はホーンでCALL中心。午後はCQを交え、400QSOをオーバーで来た。
2002年 平成14年

白樺の林に菖蒲の花が咲くロマンチックな山梨県乙女高原から運用。当初の目的地は急遽閉鎖されていた。
2001年 平成13年

この時は群馬県多野郡の赤久縄山へ移動した。大裕工業製ヘンテナ:UU1202を屋根の上に固定して、高速を走った。
1993年 平成5年

この時は山梨県三窪高原へ移動した。富士山が雨上がりの動く雲で異様な雄姿だった。

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=フィールドデ- CONTEST=

2002年 平成14年

移動運用は山の上から電波を出すが、フィールドデーはそれを推奨して得点が倍になるのが好都合。
1998年 平成10年

14MhzではSWR幅が広く、ボトム値が低いヘンテナを何度も試作し、本番で成績を確認した。
1994年 平成6年

今まではVHFで沢山遠くとQSOがコンセプトだった。今回から友人に刺激され、狙った周波数をマスターする事にした。

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=全市全郡 CONTEST=

2021年 令和3年

家からCQを出して飛ぶか不安がありましたが、やってみなければわかりません。

午後9時開始と共にCQを出しそれなりに応答がありましたが、翌日昼間から夕方はほとんど応答がなく、30分間CQを出しても 無応答に何回も耐えることで忍びました。
2019年 令和1年

全市全群では15年ぶりの受賞。

初日は大風19号でアンテナを上げられず。2日目に上げてQSOを楽しむ。

呼ばれない昼間、多摩川へ散策。台風で河幅一杯に凄い濁流でびっくり。
2004年 平成16年

昔から7Mhzは雑音や混信、そしてマナーは他のバンドより酷く、これに耐える事がまずは必要。
2003年 平成15年

2002年から14Mhzに転換して継続的にチャレンジした結果、やっと14Mhz全国1位を入手した。28Mhzで勉強した対処法が活きている。
2002年 平成14年

14Mhzではcontest人口が、インターネットやパソコンの普及で減少しており、盛り上がりに欠ける。
2001年 平成13年

1999年から21Mhzに転換して継続的にチャレンジした結果、やっと21Mhz全国1位を入手した。28Mhzで勉強した対処法が活きている。
1997年 平成9年

28Mhzに参加してしまったが、来年は新たな21Mhzへ進む。21Mhzは私のDXバンドだが、国内は様子が事なる。
1996年 平成8年

やっと28Mhz全国1位を入手した。この日は小道具が途中で全て壊れ、キーかマイクで休みなく24時間CQを出す対処法が奏功した。
1993年 平成5年

144MhzはLAMBDA製Cubical Quad 8x2をメインに使用した。その後、八木アンテナやヘンテナと直角に配置し、アンテナ切替機で瞬間切替を試みたが、成果はわからない?
1992年 平成4年

この頃はインターネットやパソコンは普及中で、アマチア無線も絶好調の時期だったと思う。50Mhzでは開始30分前に、周波数確保の事前交信をしないと周波数が取れなかった。
1991年 平成3年

この頃は青梅市の梅ノ木峠によく通った。舗装は無く、雨で道がえぐれていたので、スコップとつるはしをトランクに常備していた。

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=東京 CONTEST=

2023年10月受領。21mhz用4エレアンテナの最後。このアンテナは素晴らしいが重いのが欠点。下の屋根が常に恐怖。この後はdpに変更。
2019年8月受領。最初は順調に呼ばれたが、時間と共にスローダウン。午後はFMがCWのBAND上に居座って聞き取れず
2014年3月受領。28MhzでDP/4ELE-YAGIを山の上が如く使い分けたが、山の下では機能せずで、一人よがり! 2013年3月受領。前年5月に東京コンテストへ参加。クラブの得点より、個人の入賞狙いの28Mhzでした。
2009年 平成21年・・・19年ぶりに我が家から 1999年 平成11年・・・2連勝したので、この席も空ける
1998年 平成10年・・・初の電信マルチにチャレンジ 1997年 平成9年・・・電信・電話マルチも良いが
1995年 平成7年 この年も高水山に夜明け前に移動し、4バンドのアンテナを建てて対応する。
その時に獲得した全区賞(101〜123)。コンテストログを作成する中で、併せて点検すると偶然にも出来ていたので申告した。
1994年 平成6年
高水山に夜明け前に移動し、4バンドのアンテナを開始前に建てる。アンテナの直前設営はリスクが大きい。移動運用では電波が届いている前提でCQを絶やさない事だ。
1993年 平成5年
移動運用は効果が大きい事を昨年実証したので、今回は最近出来た高水山の林道で東京が見える地点に移動。これ以来、高水山移動が増えた。
1992年 平成4年
昨年は50Mhzの4位で受賞できず。それなら今年は必ず入賞できるであろう移動運用とし、御岳山バンガローから一気にオールバンドで出場し、そして優勝できた。5月3日はケーブルも混む日で、荷物の大きさや重量から、それ以来遠慮している。
1990年 平成2年
2回目は21Mhzからひとつ上の28Mhzとし、我が家から出場し、又もや3位を受賞できた。
そしてこの表彰式は青梅市の総合体育館で行われた。
1989年 平成1年
初の東京コンテストは、我が家から出場し、めでたく3位を受賞できた。これで動機付けられた。

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=東京CW CONTEST=

どの周波数を選ぶかは難しい。電波伝搬の様子もわからないままアンテナ本位で21Mhzを今回は選択しました。
世界最大のコンテストとも言えるCQ-WW-DX-CONTESTと同じ時に有るので、永年遠慮していた。

でも都内中心の全国CONTESTなので、一度は出てみたいとの気持ちもあった。

今回出てみて、呼ばれるのも気持ちいが良いものだ。でも取違いも多々あり、ご迷惑も掛けました。

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=埼玉 CONTEST=

2008年 平成20年・・・10年ぶりに県外部門で自宅から
1997年 平成9年
雪の降りやすい時期で、QSO中に振り出すと、撤収で1時間以上は掛かり、それで難儀する事もある。
1994年 平成6年
前夜に車に機材一式を積み込み、早朝の真っ暗な中を出陣する。寒風の中でアンテナを設営する。
1993年 平成5年
八木が全盛だが、CQに興味を覚え、本に従ってシングルのCQを加工し、調整を繰り返した。
1992年 平成4年
1月15日成人式の早朝、グリーンラインのザラメ雪の上を進み、飯盛峠で設営した。帰る頃には雪は解け、助かった。

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=群馬 CONTEST=

2002年 平成14年・・・支部大会へ出向き、表彰状を頂いた。東京から来た事にお礼を言われ感激した。 2017年 平成29年・・・15年振りに県外局でcall。2か月後に表彰でビックリ、来年はオールバンドで挑みたい。
2001年 平成13年・・・VUを外したが、ワイヤーDPに時間を要す 1999年 平成11年・・・マルチバンドHF CWでVUを外す
1998年 平成10年
夜中に休息時間があるのが健康的で良い。全国対群馬県なので、群馬県だけがパイルを受ける仕組み。
1997年 平成9年
群馬県多野郡の赤縄山の山麓に全てのアンテナを張りめぐらした。特に1.9Mhzは珍しく、狭い周波数に何局も入らない。

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=千葉 CONTEST=

1999年 平成11年
21MhzでJapan International Contestが併せて行われている事からそちらのCALLが多数有り。
1998年 平成10年
7MhzではCWとSSBを切り替え、コールが止まらないように心がけ、400を越える局とQSOした記憶があり。
1997年 平成9年
アンテナは8x2のクワッドに90度ずらして上に2段クワッドをつけ、アンテナ切り替えスイッチで瞬時に切り替えた。
1996年 平成8年
千葉の友人の紹介で、千葉県南部の果樹園跡地へ、数人で周波数を分散して千葉県内局として参加した。

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=鹿児島 CONTEST=

2017年 平成29年7月
7,14,21,28の4bandで20QSOでした。そのうち、14Mhzが8QSOで一番多く出来ました。地方コンテストは少ないCQを呼ぶだけなので寂しい。

でも参加証を頂き、報われました。

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=JAPAN INTERNATIONAL CONTEST=

2023年5月
このCONTESTは、毎年参加し都度logも出しているが、なぜかcertifyが来たのはこれだけ。

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=JAG CONTEST=

2017年 平成29年10月
2日間に及び、日本では長いCONTEST。ACAGの翌週で、ゆったりした気分が漂う。初めてのCONTESTだが、楽しめました。

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=KANHAM CONTEST=

2021年9月受領

昨年は駄目でしたので、今年は真剣に取り組み優勝出来ました(7MHZ-CW)

普段はCQを探して呼ぶだけのCONTESTですが、今回の様に呼ばれるのは緊張します。

賞状はデザインが一新しました
2019年令和元年7月受領

朝方は7Mhzでコンタクト。昼が近づくと全く呼ばれないので庭の掃除。昼からは定期的にCQを出した

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=オール九州 CONTEST=

2023年4月

九州出身の私は、いつかこのcontestに出たいと思っていたが、今回試しにチャレンジ

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